【昼刊】米朝会談に「中国ファクター」・福島氏の秀逸な論考

「米朝首脳会談が終わった直後に米中貿易戦争」。この2つの流れを結びつけるならば、ドナルド・J・トランプ米大統領が「北朝鮮核問題など取るに足らない問題だ」、「これからは米中対立の時代だ」と考えている証拠ではないかと思うのです。本日は、日経ビジネスオンラインに掲載された福島香織氏の論考をベースに、これについて触れるとともに、「優れたジャーナリスト」の社会的意義について再確認してみましょう。

優れたジャーナリストの優れた論考

福島香織氏の待望の「チャイナ・ゴシップス」

これこそが優れたジャーナリストの仕事といえるのでしょう。中国問題に詳しいジャーナリストの福島香織氏が、日経ビジネスオンライン(NBO)に、こんな記事を寄稿されています。

米朝首脳会談の勝者は中国なのか(2018/06/20付 日経ビジネスオンラインより)

この記事は、福島氏の大人気コラム『中国新聞趣聞~チャイナ・ゴシップス』の最新版です。読むためには日経IDを取得する必要がありますが、私はこのリンク先の記事について、「日経IDをわざわざ取得する」という面倒臭さを乗り越えてでも、読む価値があると保証します。

福島氏の主張内容の全文については、直接、NBOで読んで下さい。ここでは私の文責において、福島氏の主張の骨格を示しておきたいと思います(なお、福島氏の原文に倣い、次の要約では人名に敬称は付していません)。

  • 6月12日の米朝首脳会談ではトランプが金正恩に妥協し過ぎた、金正恩の一人勝ちだ、一番の勝者は習近平だ、といった評価が多いが、その理由は米朝共同声明にCVIDも非核化期限も入らなかったのに米国側が早々に米韓合同軍事演習の中止を決めたことなどだ
  • しかし準備期間2ヵ月の会談から得られる合意はこの程度のものでもあるし、そもそも北朝鮮の核兵器は米国にどれほどの脅威なのか。また、半島問題は米朝問題ではなく米中問題、米中のアジアにおける覇権争いである
  • BBCやシンガポールメディアは、米朝首脳会談が実現したことで、中国は不安に陥っている、といった見方を示しているが、中国自身が旧ソ連との関係を絶って米国に寝返った(ニクソンショック)ように、北朝鮮が中国との関係を絶って米国に寝返る可能性を懸念してもおかしくない
  • 金正恩が6年もの間、中国との距離を置きながら、いきなり今年の3月と5月に金正恩が中国にまで来て習近平との面会を求めたのは金正恩の米朝首脳会談に向けての駆け引きの一環にすぎず、本当に中朝が信頼関係を再構築できたとは考えにくい
  • 北朝鮮の基本外交は地政学的価値を利用して米中両大国を刺激して相互に牽制しあう均衡の中で自らの安全を模索するものであるが、昨年11月上旬の米中首脳会談は北朝鮮への圧力となり、ひょっとすると金正恩は習近平に背後から狙われることを恐れたのかもしれない
  • 現段階では、半島問題は決着したのではなく、大きな変化を控えての小休止に入っただけと考える方が納得がいくものであり、誰が(米朝首脳会談の)勝者か判断するには早すぎるが、世界の激しい変化の中で、日本の外交力も試されている

すべてに賛同するわけではないが…

米朝首脳会談終了後は、各メディアや論者は、米国、北朝鮮、韓国、日本などの行動に焦点を当てて、さまざまなことを議論していますが、よく思い出してみると、中国についての議論はどうも存在が目立ちません。中国はこの問題を巡り、「傍観者」「プレイヤー」などの役割をうまく使い分けているのかもしれません。

福島氏が中国問題の専門家であるという事情もありますが、確かに福島氏の論考では、「朝鮮半島問題における中国の存在」にしっかりと焦点が当てられています。これを読み、私自身も「中国ファクター」というものにそれほど注目していなかったと気付きました。これは私の大きな反省点だと思います。

ただし、論考のすべてに賛同するつもりはありません。それが、北朝鮮の核問題に対して、米国がどのような脅威を感じているかという点を論じた、次の下りです。

そもそも米国にとって北朝鮮の核兵器がどれほど脅威なのか。米国の本音で言えば、ICBM開発をやめさせるためのミサイル実験場の破壊で十分な成果かもしれない。これに、核弾頭の一つや二つを引き渡させれば、たとえすべての核施設を完全廃棄する前にトランプ政権が終わっても、当面は北朝鮮の核兵器の対米攻撃力を丸裸にできたという意味では、米国にとっての非核化はできた、と言えるかもしれない。

この点については、私は福島氏にまったく賛同しません。

米国が北朝鮮の核技術を叩き潰しておかねばならない理由は、「北朝鮮の核ミサイルが米国を狙うかもしれないから」、ではありません。北朝鮮の核技術が流出し、中東諸国(イランやイエメン、シリアなど)やテロリストの手に渡ることが、米国にとっての最大の脅威だからです。

それだけではありません。もし米国が「北朝鮮が米国まで届くICBMを開発しないことと引き換えに北朝鮮の核保有を認める」という判断を下したならば、今度は日本が核武装に踏み切る可能性がある、ということです。

米国が一番恐れているのは、「世界で唯一の被爆国」である日本が核武装することではないでしょうか?米国人は心の片隅で、生身の人間の上に原爆を投下したことが史上最悪の戦争犯罪であるという事実に気付いていて、日本から「復讐されること」を本心では恐れているのかもしれません。

米国が全力で北朝鮮の核、ミサイル、化学兵器のCVID  ((CVIDとは、「完全な、検証可能な、かつ不可逆な方法での廃棄」(Complete, Verifiable and Irreversible Dismantlement)のこと。))  を実現しなければならないのは、核拡散、日本が自主的に核武装することなどを防ぐため、という意味合いがあり、この点を福島氏は軽視し過ぎているように思えてならないのです。

もしかすると、トランプ氏自身は「北朝鮮の核なんて大した問題ではない」と軽く考えているのかもしれませんが、米国政府の実務家レベルがトランプ氏と同じように考えているとは思えません。とくに、ポンペオ、ボルトンの両氏は、核のCVIDを北朝鮮に突き付けるのではないでしょうか?

連綿と見ることの重要性

というわけで、私は今回の福島氏の論考について、100%支持するつもりはありません。とくに北朝鮮の核武装の下りについては、まったく同意できません。しかし、それ以外の個所に関していえば、非常にすっきりと説得力のある主張が展開されていると思います。

おそらく、トランプ氏は、本音では「米朝対立」などさっさと片付け、「米中対立」に国力を割こうと思っているのではないでしょうか?だからこそ、米朝首脳会談が終わった直後に、中国に対する巨額の関税を課すという貿易戦争を仕掛けたのではないでしょうか?

そもそも、こうした流れは、さまざまな断片的な情報を連綿と組み合わせて議論していく必要があります。福島氏はそれができる数少ないジャーナリストの1人だと思いますが、多くのジャーナリストやコメンテーターと称する人たちの議論を見ていると、どうも「断片的な情報を断定的に論じる」人が少なくありません。

一方、最近ではインターネットが普及したこともあり、私たち一般人が気軽に意見表明できるようになりつつあります。このこと自体は素晴らしいことですが、中には早とちりする人もいます。先日も『ビジネスマンが読み解く「リテラシー」の重要性』で紹介した、次の読売新聞の記事が、その典型例でしょう。

北非核化で首相「日本が費用負担するのは当然」(2018年06月16日 11時36分付 読売オンラインより)

リンク先の記事をきちんと読めば、安倍総理が「北朝鮮が国際原子力機関(IAEA)の核査察を受けるための費用を日本が負担する」と述べた、というものですが、記事のタイトルからは、「安倍総理が北朝鮮の非核化のための費用を負担すべきだと述べた」と読めてしまうかもしれません。

また、菅義偉(すが・よしひで)官房長官もこれに関連し、「北朝鮮の非核化で恩恵受ける国(=日本)が費用を負担するのは当然」と国会で発言していますが、これがうえの安倍総理の発言と並んで、某匿名掲示板や、その掲示板の議論を転載した「まとめサイト」などで、次のような批判を浴びています。

  • ミサイル飛ばされて拉致されて、税金使って北を支援するのは自然じゃなくて不自然でしょ?
  • 拉致って、国の主権たる国民を拐っていってるんだよ。/人質とって立て籠ってる奴にカネ払うなんて、『人命は地球より重い』といって、ハイジャック犯の言う通りにした時代から、何も変わっていない。
  • 在日が全額負担すれば丸く収まる♪

こうした安易な意見が一般人から出てくる大きな理由は、やはり、政治家の発言を「正しく」読み解く能力を持ったジャーナリストや記者らが、マス・メディア業界には根本的に欠落しているからだと思います(もちろん、安倍総理や菅長官の発言が不用意でないと申し上げるつもりもありませんが…)。

そもそも私自身が単なるビジネスマンに過ぎないのに、こんなウェブ評論を始めた理由は、福島氏のような優れたジャーナリストが少なすぎることに強い不満を抱いたからです。当ウェブサイトがこうした議論の一助になれば非常に嬉しいと思います。

(※なお、自分自身の仕事との兼ね合いもありますが、もし余裕があれば、近日中に「米中対立と朝鮮半島問題」について、私自身が思うところを議論したいと思います。)

オマケ:批判コメントについて

さて、当ウェブサイトは、「読んで下さった方の知的好奇心を刺激する」ことを目的に執筆している「独立系ビジネス評論サイト」ですが、そもそも運営者である「新宿会計士」自身はジャーナリストでも学者でも政治家でも外交官でもありません。

私は確かに法律、会計、税務、金融などの分野では専門知識を持っていますが、行政や外交、国会運営などに関しての裏交渉や裏事情などを知っているわけではなく、あくまでも一般の日本国民と同じ知識レベルであると考えていただいて結構です。

このため、当ウェブサイトの執筆スタンスは、「ウェブサイトの運営者が自分の知っている専門知識を何も知らない人に教えてやる」、というものではありません。あくまでも「対等な立場になって、一緒に考えていきましょう」、というレベルです。

また、私自身は1人で当ウェブサイトを執筆しているため、世の中で発生しているすべての話題を網羅することはできません。あくまでも当ウェブサイトは、「知的好奇心を刺激する場」としてご活用くださると幸いです。当然、読者コメントにつきましても、どうぞ思ったことを自由に書いてください。

別に当ウェブサイトの意見に賛同して頂く必要はまったくありません。批判コメントも大歓迎です。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

ところで、ときどきコメント欄に、私自身が返信をしないことについて、「お叱り」のようなものが書き込まれるのです。99%のコメント主様にとってはわかり切った話かもしれませんが、これについてもきちんと申し上げておきます。

当ウェブサイトでは、記事の内容に沿っていれば、いかなるコメントでも自由です(※ただし、記事の内容に沿っていないコメント、一般個人・一般法人を誹謗中傷する書き込み、犯罪予告、性的、わいせつな書き込みなどについては、事後的に削除し、場合によっては警察に通報します)。

しかし、これらのコメントについては、私自身はできるだけ返信しません(ときどき返信することもありますが…)。なぜなら、読者コメント欄は読者のための場所だと私自身が認識しているからですし、また、下手に私自身が返信してしまうと、コメント欄がそこで止まってしまうこともあるからです。

また、他の読者の方々も、そのコメントを読んで、何か得るものがあればそれに反応するでしょうし、納得いかない意見であれば反論するか、反論する価値もなければ無視するか、といった対応を取るのではないかと思います。

しかし、ごくたまに、「コメント欄で疑問を呈されて、それに対する新宿会計士からの回答がない」という理由で、非常にお怒りになる方もいらっしゃるようですが、「いかなるコメントも自由」である以上は、せっかくの渾身の批判コメントも「スルーされてしまうリスク」を、コメント主様には負っていただく必要があります。

あえて実例は挙げませんが、最近、2~3週間に1回は変な「粘着コメント」を残す方が出現するようなので、一応の注意喚起とさせていただきます。

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