昨日、日本政府は一時帰国措置中だった駐韓大使らを韓国に帰任させると発表しました。この一見すると唐突な帰任措置には、いったいどのような意味があるのでしょうか?インターネット上には、「安倍政権は弱腰になり、大使館前の慰安婦像の撤去を諦めた」といった批判も散見されますが、私にはそんな単純なことではなく、むしろ今週末の米中首脳会談を睨んだ措置であるとしか思えないのです。

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    ここからが本文です。

    唐突な帰任措置

    昨日、日本政府は長嶺安政駐韓大使と森本康敬釜山総領事の両名を、4月4日に韓国に帰任させることを決定しました。昨年末には韓国・釜山の日本総領事館前の公道上に日本を侮辱する目的で慰安婦像が設置されましたが、これを受けて両名は今年1月9日以降、一時帰国中だったものです。

    「慰安婦像が撤去されるかどうか」は争点ではない

    私は以前から、今年1月6日に日本政府が発動した韓国への「対抗措置」については、次のように考えてきました。

    • 安倍政権による初の韓国に対する本格的な制裁措置であり、従来の「韓国に配慮する」という外交姿勢から脱却したこと自体は評価したい
    • ただし、韓国の日本に対する無礼の数々に対する制裁として見るならば、あまりにも生ぬるく、中途半端である
    • 「慰安婦像が撤去されるかどうか」自体を争点とするのは望ましくなく、むしろ、今回の措置を契機に、「日本が韓国とどう付き合うか」自体を国民的議論とすべきである

    現時点でインターネットを閲覧した限りでは、ネット上の反応は、「安倍(晋三総理大臣)には失望した」といった過激な反応もありますが、おおむね冷静さを維持しています。中には私が昨日、当ウェブサイトに「速報」として掲載したように、「近々、北朝鮮情勢で大きな変化があるのではないか?」といった分析をする人もいるようです。そして、おそらくそこが一番、正解に近いのではないでしょうか?

    私は、「日本を侮辱する目的」での慰安婦像については、日本国民の一人として深い怒りを抱いていますし、こんな銅像が世界中に設置されることを許してはならないとも思います。ただ、それと同時に、少なくとも現段階では、もはや「大使館・領事館前の慰安婦像の撤去そのもの」は争点になっていないと考えています。というのも、それよりももっと大きな事態が発生しそうになっているからです。

    大使一時帰国措置の目的について

    ところで、「日本政府が駐韓大使らを帰任させた意図がどこにあるのか」を考える前に、今年1月6日に、菅義偉(すが・よしひで)官房長官が発表した、駐韓大使らの一時帰国措置の目的が、どこにあったのかを振り返っておきたいと思います。

    もちろん、政府首脳(特に安倍総理や菅長官)が何を考えていたのか、その正確な意図を知ることは困難です。ただ、状況証拠だけから考えると、大使らの一時帰国措置(や日韓スワップ協定の再開協議の中断など)には、おおむね次のような意味があったのだと私は考えています。

    安倍政権の顔に泥を塗った韓国に対する牽制

    あくまでも私の理解ですが、2015年12月28日に日韓両国外相が成立させた「日韓慰安婦合意」とは、いわば、安倍政権が日本国内の保守層の反発を覚悟のうえで、日韓関係を改善させる目的で成立させたものです。もちろん、この合意の背景には米国の強い意向が介在していたことは間違いありませんが、それと同時に、短期的には朴槿恵政権の反日を封殺するというメリットもあったはずです。しかし、長期的には、この合意は日本人の名誉を犠牲にするものであり、私に言わせれば「短期的な外交メリットのために日本の名誉を売り渡した」と批判されても仕方がないほどの大失敗だったと考えています。保守派の論客の中には、私と同じように考えている人も多数いらっしゃるでしょう。

    ただ、安倍政権がここまでの「犠牲」を払ってまで成立させた合意であるにも関わらず、韓国側はこの合意を一切履行するそぶりすら見せず、そればかりか、昨年末には釜山の総領事館前に新たな慰安婦像の設置まで許す始末です。そこで、安倍政権としても、「このままでは引き下がれない」、という「感情的な怒り」があったのではないでしょうか?何より、政権を長期化する上では、いつでも「衆議院解散」カードを備えておく必要があります。大使らの一時帰国措置には、保守的な有権者の歓心を買う効果もあったに違いありません。

    朴槿恵政権に対する揺さぶり

    一方、もう一つ重要な意味は、「日韓慰安婦合意」を形成した相手である朴槿恵(ぼく・きんけい)政権に対する「ゆさぶり」です。朴槿恵前大統領は、慰安婦像が違法設置された昨年12月末時点で、既に職務停止状態にありました。しかし、大統領職務権限代行である黄教安(こう・きょうあん)国務総理に対しては、「日韓慰安婦合意を履行せよ」とする、それなりに強いメッセージを与えたことは間違いありません。なにより、1月6日時点では朴槿恵氏に対する弾劾訴訟が棄却される可能性もあったわけですから、大使一時帰国措置を長引かせることにより、朴槿恵氏が仮に大統領職に復帰した際には、強力な交渉カードになり得るとの判断もあったのではないでしょうか?

    ただ、3月10日に朴槿恵氏が大統領職を罷免させられたことで、このうち「朴槿恵政権に対する揺さぶり」は意味をなさなくなりました。私の理解だと、安倍政権が3月10日以降も大使らの一時帰国措置を長引かせていた理由とは、韓国の次期政権に対する牽制の意味も込められていたはずです。それを、このタイミングで唐突に帰任させると判断したことについては、まだ見えてこない深い意義があると考えざるを得ないのです。

    「北朝鮮リスク」が最大の要因か?

    「このタイミング」で突然、安倍総理が駐韓大使の帰任を決めた理由は、やはり、「このタイミング」で判断を変更する何らかの事実が発生したからであると考えるのが自然でしょう。

    私が昨日の菅官房長官の記者会見などを視聴して感じたのは、菅官房長官はおそらく本当の狙いを明らかにしていないはずです。そして、その狙いとは、ずばり「北朝鮮有事」に備えることではないでしょうか?

    今週6日から7日にかけて、習近平(しゅう・きんぺい)中国国家主席が米国を訪問し、ドナルド・トランプ米大統領と首脳会談を行います。表向きの議題は経済問題だそうですが、私は今回の米中首脳会談の「本当の目的」は、北朝鮮処分にあると見ています(図表)。

    図表 北朝鮮処分のパターン
    選択肢 概要 備考
    金正恩体制の除去 何らかの形で金正恩(きん・しょうおん)を除去することで米中両国が合意すること 金正恩本人が第三国(フランスなど)に亡命し、米中いずれかの息のかかった後継者を後任として北朝鮮に送り込む
    北朝鮮に対する米軍の攻撃 米中両国が合意に失敗した場合、米国が単独で北朝鮮攻撃に踏み切ること 中国が米国の北朝鮮攻撃を「容認する」と合意した場合に限定される
    現状維持 金正恩体制の除去、米国の北朝鮮攻撃にあくまでも中国は強硬に反対し続け、現状維持を柱に調整する 北朝鮮に米中日露を加えた「5カ国協議」を再開する、など

    この3つの選択肢を比べると、現状で一番可能性が高いのは、米中が「金正恩体制の除去」で合意することではないかと思います。たしかに、北朝鮮のミサイル開発は脅威ではありますが、だからといって中国が米国による軍事介入をたやすく認めるとは思えません。そして、米国としては、「北朝鮮攻撃をすると中国が反撃してくる」(つまり「米中戦争」)という状況を恐れています。

    さらに、図表に示した「現状維持」シナリオは、最も考え辛いものです。というのも、クリントン政権時代に行った「6カ国協議」が、現在の北朝鮮による核開発を招いたという反省が、米国にもあるからです。

    ということは、自然に考えれば、

    • 通商問題や朝鮮半島へのTHAAD配備問題で米国側が譲歩する
    • その代わり、中国側が北朝鮮の体制に介入し、金正恩を追放することを確約する

    といった「交渉」が行われる可能性が高いと見るべきでしょう。

    見捨てられる韓国

    日米外相会談、韓国は「眼中にない」

    以上の私の見方が正しいのかどうかは、現状ではまだわかりません。ただ、一つだけ確実にいえることがあるとすれば、安倍政権による今回の唐突な大使帰任決定は、安倍政権が「慰安婦像撤去問題を諦めた」という、非常に単純な図式ではないことだけは間違いありません。

    実は、その伏線は、既にいくつか張られています。そのヒントの一つが、今年3月16日に行われた「日米外相会談」です。レックス・ティラーソン米国務長官は岸田文雄外相との会談、共同記者会見、ワーキング・ディナーを通じて、次のような方針を発表しています。

    北朝鮮問題
    • 北朝鮮の核・ミサイル開発は断じて容認できないとの認識を共有しつつ、日米韓で連携して北朝鮮に対し挑発行動の自制等を求める
    • 米国が対北朝鮮政策の見直しを進めている中、日米両国は政策のすり合わせを行い、一致した立場を形成する
    同盟ネットワーク
    • 岸田外相は、「視野をアジア太平洋からインド洋を経て中東・アフリカまで拡げ、インド太平洋の自由で開かれた海洋秩序を確保することにより、この広大な地域の安定と繁栄を支えていきたい」と表明した
    • 両外相は「日米同盟を基軸に、フィリピンやベトナム等のASEAN諸国やインド、オーストラリア等の有志国との重層的な協力関係を構築する」ことが重要であるとの点で一致した

    この中で、韓国に対し言及されているのは、北朝鮮に対して「挑発行動の自制と安保理決議の遵守を求める」との下りのみであり、しかも、「中国の重要性」とあわせて触れられています。ということは、日米協力においては、

    • 北朝鮮に対する核・ミサイル開発については日米中韓の4カ国で対処する
    • 対北朝鮮政策全般については日米の2カ国で対処する
    • 同盟ネットワークについては日米の2カ国に加え、ASEAN諸国、インド、オーストラリアと連携する

    という、3つの基軸がある、ということです。つまり、日米両国にとって韓国とは、「北朝鮮の核・ミサイル開発の抑制」という下りでのみ、出てくるのです。

    実は、この事実は極めて重要です。明らかに安全保障上の韓国の地位が大きく変わったからです。

    米韓外相会談「メシ抜き事件」

    一方、韓国は米国との間でも、関係が極めて冷え込んでいます。

    ティラーソン米国務長官、韓国でだけ夕食会しない理由…(2017年03月20日08時49分付 中央日報日本語版より)

    3月16日の訪日に続き、ティラーソン国務長官は韓国、さらに中国を訪問したのですが、この3カ国中、韓国だけ、外相との夕食会が行われなかったのです。『中央日報』日本語版の記事は、

    ティラーソン長官はトランプ政権が日本に偏った外交をしているという見方に対しては、「日米と韓米関係で不均衡はない」と強調した。だがこれと関連し彼は日本を「われわれの最も重要な同盟(our most important ally in the region)」で、韓国は「重要なパートナー(an important partner)」と表現した。

    と述べるなど、韓国が日本と比べてあからさまに、米国から軽視されていることを嘆いています。ただ、この「メシ抜き事件」は、あくまでも米韓関係がいかに冷え込んでいるかという象徴的なものですが、おそらく米国がTHAAD(高高度ミサイル防衛システム)の導入を急いでいることに対する、韓国なりの「中国に対する配慮」の結果なのでしょう。

    THAADは撤回される?

    ところで、米韓両国は朴槿恵前大統領時代の2016年7月8日、THAADの在韓米軍への配備に合意し、発表しました。ところが、これに対して中国が猛反発。韓国に対する苛烈な経済制裁を加えている状況です。

    ただ、このTHAADは、韓国にとっては、いわば「米韓同盟を維持するのかどうか」という「踏み絵」です。仮に韓国がこの段階でTHAAD配備撤回を表明したら、その時点で韓国は米国から見捨てられることになるでしょう。もちろん、「米韓同盟破棄」といった目に見える形ではないかもしれませんが、韓国が米国から何らかの制裁を食らう可能性がある、ということです。

    しかし、このTHAADは、別の理由により配備が撤回される可能性が出てきました。それが「北朝鮮リスク」です。

    先ほども引用したとおり、米中両国は今週木曜日から金曜日にかけて、米国で首脳会談を開きます。その時、中国が北朝鮮の金正恩体制を除去することを条件に、米国に対し、THAAD撤回を条件として突きつける可能性がある、ということです。

    こうなれば、米韓同盟は全く新しい局面を迎えることになります。米韓同盟自体は維持されるかもしれませんが、その意義づけは極めて希薄なものにならざるを得なくなるからです。

    北朝鮮が「狂犬」ではなくなったら?

    私は以前から、韓国は放っておけば中華属国化し、中国の後ろ盾を得て北朝鮮と統一するか、北朝鮮に操られた大統領に政府が乗っ取られ、北朝鮮主導で赤化統一するか、そのいずれかの可能性が高いと見ていました。しかし、「それ以外」のシナリオが、急に現実味を帯びてきたのも事実です。具体的には、「南北朝鮮が揃って中国の影響下に入るシナリオ」です。

    今週末の「米中合意」では、もしかすると、中国が北朝鮮に「介入」し、金正恩体制の変革に手を付けることになるかもしれません。そうなれば、北朝鮮が今ほどの苛烈な軍事独裁国家ではなくなるということであり、それと同時に中国の強い影響下に入る、ということです。私はこの可能性も決して否定できないと見ています。

    大使帰任の是非は早晩わかる

    今回の長嶺駐韓大使らの帰任措置については、安倍総理が決断したのだそうですが、その決断が正しいのかどうか、そしてその決断の狙いについては、そう遠くない未来に見えてくるはずです。

    繰り返しになりますが、私は今回の決断については、

    「安倍(総理)が韓国におもねって、慰安婦像の撤去を諦めた証拠だ」

    と単純に見るのは早計だと考えています。

    安倍総理は2015年12月28日の「日韓慰安婦合意」で韓国から手痛い「煮え湯」を飲まされた格好ですが、あれから1年3カ月が経過し、国際情勢(特に日米関係)が大きく変わりました。そして、少しずつ、しかし着実に、日本は米国との連携を緊密化しつつ、韓国から距離を取ろうとしています。

    私の仮説では、今回の大使帰任措置は、あくまでも「5月9日の韓国大統領選に備えるため」ではなく、「ごく近い将来に予想される北朝鮮有事に備えるため」ではないかと思うのです。

    週末の米中首脳会談次第では、韓国が国家ごと消滅しかねない状況にありますが、日本はあくまでも、「日韓友好」よりも「在韓邦人の保護」と「日本自身の安全保障」が大事です。そのための大使帰任であれば、慰安婦像撤去云々よりも遥かに意義があります。

    ただし、安倍政権には2015年12月28日の「日韓慰安婦合意」という不始末を片付けるという、重大なミッションが残っています。これについては、私も有権者の一人として、決して忘れるつもりはありません。安倍政権の奮起を期待したいところです。

    ※本文は以上です。

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