金融業界では、米国で導入された「ボルカー・ルール」という規制を、トランプ大統領が見直すのかどうかに、ひそかな注目が集まっています。本日は、ごく簡単に「バーゼル規制」と「ボルカー・ルール」の概要を紹介するとともに、金融規制がどこに行こうとしているのかに関しての考察を示しておきたいと思います。

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    金融規制と金融危機

    ボルカー・ルールとは?

    経済に興味がある人であれば、「ボルカー・ルール」という言葉を聞いたことがある人もいるかもしれません。

    これは、米国のポール・ボルカー元FRB議長が提案したルールであり、「銀行がリスクの高い取引を行ってはならない」とする原則です。2008年9月15日に米リーマン・ブラザーズが経営破綻しましたが、その際、同社と巨額のデリバティブ取引を行っていた金融機関や保険会社などが連鎖破綻するリスクに瀕しました。こうしたことからも、銀行などの金融機関に対して、いっそのことリスクの高い取引を行うことを一律に禁止してしまおうとする考え方が、この「ボルカー・ルール」の発想なのです。

    銀行が潰れたら困る!

    では、なぜこのようなルールが制定されたのでしょうか?これについて触れる前に、古今東西の共通点として、銀行などの「預金取扱金融機関」は、3つの社会的役割を担っているとされます(図表1)。

    図表1 預金取扱金融機関の3大機能
    機能 概要 備考
    受信機能 一般大衆から預金や定期積金などを受け入れる機能 預金者から見て預金は現金と同じ機能がある
    与信機能 貸付や手形割引などにより社会に資金を供給する機能 社会に資金を供給するという意味で、「信用創造機能」ともいう
    決済機能 内国為替、外国為替などの機能 振込や小切手などの「決済」を担う

    もちろん、近年では、この「3大機能」のうち、「与信機能」や「決済機能」については、銀行などの金融機関の独占業務ではなくなって来ています。たとえば、「決済機能」に関しては、世界的に電子マネーも普及していますし、日本では最近、公共料金などの支払いもコンビニで気軽にできる時代です。さらに、「与信機能」に関しては、リース会社、クレジットカード会社などの「ノンバンク」という業態があります。

    しかし、「受信機能」、すなわち「一般大衆がお金を預ける」という機能を果たすのは、やはり金融機関に限られています。

    ただ、金融機関も役所ではありません。あくまでも民間企業です。当然、無茶な経営をしたら金融機関であっても潰れることはありますし、金融機関が潰れると、その金融機関にお金を預け入れている人たちは非常に困ります。

    バーゼル規制とは?

    そこで、金融機関の経営に健全性を持たせようとする規制が、「バーゼル規制」です。

    バーゼルとは、スイス連邦のドイツとの国境近くにある街です(図表2)。

    図表2 バーゼル市の場所

    第一次世界大戦後、ドイツに対して戦後賠償を支払わせるために、この街に設立された機関が、「国際決済銀行」(Bank for International Settlements, BIS)です。このBISという組織は、現在でも「中央銀行の中央銀行」として機能しており、BISの内部に事務局を置く国際的な金融規制の協議体を、「バーゼル銀行監督委員会」(Basel Committee on Banking Supervision, BCBS)と呼んでいます(余談ですが、日経新聞などのメディアはこの組織のことを「バーゼル委」と略しているようですが、正式には「BCBS」と呼ぶべきでしょう)。

    このBCBSは、世界共通の国際的な金融規制を策定しています。これが「バーゼル規制」です。最近は世界経済の一体化がますます進んでいますので、どこかの国で金融機関が経営破綻したら、影響が世界中に広まる可能性があります。そこで、世界の金融規制当局が、世界共通の金融規制を設けることで、金融機関が連鎖破綻するリスクをできるだけ減らそうとしているのです。

    なぜ起きた?リーマン・ショック

    このバーゼル規制は、歴史的には1988年の「第一次合意」を「バーゼルⅠ」と呼んでいます。ただ、この「バーゼルⅠ」をさらに「精緻化」した規制が「バーゼルⅡ」ですが、バーゼルⅡが鳴り物入りで始まった2007年の翌年に、リーマン・ブラザーズの経営破綻が発生(日本でいうところの「リーマン・ショック」)。バーゼルⅡが金融規制として「ザル」だったということが示された格好となっています。

    BCBSはこれを受けて、早速2009年7月には「バーゼル2.5」、翌2010年12月には「バーゼルⅢ」を発表。日本でも2013年3月以降、「国際統一基準行」を対象とした「バーゼルⅢ」が開始され、また、国内行では1年遅れて2014年3月以降、「国内バーゼルⅢ」が開始されたのです(図表3)。

    図表3 バーゼル規制の沿革
    時期 内容 備考
    1988年7月 バーゼル自己資本合意の公表 のちに「バーゼルⅠ」と俗称される
    2004年6月 バーゼルⅡ最終規則公表
    2007年1月 バーゼルⅡ適用開始 日本では2007年3月末から
    2008年9月 リーマン・ショックの発生 国際的な金融危機に発展
    2009年7月 バーゼル2.5公表 証券化商品/トレーディング規制の強化
    2010年12月 バーゼルⅢテキスト公表
    2011年12月 バーゼル2.5適用開始
    2013年1月 バーゼルⅢ段階適用開始 日本では2013年3月から。また、国内バーゼルⅢは2014年3月から

    ただ、私に言わせれば、バーゼル規制は各国の実情を全く無視している側面があります。たとえば日本のように、1990年代に住専危機などの金融危機を発生させた国は、2000年代以降、銀行が堅実な経営に徹していますが、ドイツなどの欧州諸国を中心に、金融機関がいまだに「IFRS(国際財務報告基準)」の下で、不良資産をしこたま溜め込んでいるという疑いは晴れません。

    だいいち、リーマン・ブラザーズの経営破綻が発生したのも、私に言わせれば、いい加減な格付機関の情報に基づき、証券化商品のリスク・ウェイトを低く測定してしまうという、バーゼルⅡの設計自体に問題があったためではないかと考えています。

    そのように考えていくと、BCBSが「バーゼル規制」という世界一律の規制を掛けるのではなく、ドイツを中心とする欧州系金融機関の杜撰な経営こそ、責められるべきでしょう。

    ボルカー・ルールの概要と行方

    米国だけ「独自のルール」

    ところで、バーゼルⅢ規制を予定通り2013年から実施した国は日本くらいなもので、欧州は金融危機の中心地だったくせに、バーゼルⅢの実施を2014年に先延ばししました。それだけではありません。欧州を中心に用いられている金融商品会計基準「IFRS9」という会計基準が、支離滅裂な代物だったことも、混乱に拍車をかけた格好となっています。

    ただ、欧州とは逆に、米国ではむしろ、金融規制のさらなる強化に踏み切りました。具体的には「銀行事業体」(a banking entity)に対し、「リスクの高い取引」を行うことを禁止する、というルールです。これが「ボルカー・ルール」です。

    米国では、2010年7月21日に「ドッドとフランクによるウォール街の改革と消費者保護のための法制(the “Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act” )」という、非常に長ったらしい名前の法律が成立しました。法案を提出した議員の名前にちなんで、これを「ドッド・フランク法」と呼ぶこともあります。

    そして、「ボルカー・ルール」と呼ばれているルールは、「ドッド・フランク法第619条」にその源泉が求められます。このルールは、次のように規定されています(図表4)。

    図表4 ドッド・フランク法第619条
    原則的規定(原文抜粋) 仮訳
    A banking entity shall not

    (A) engage in proprietary trading; or

    (B) acquire or retain any equity, partnership, or other ownership interest in or sponsor a hedge fund or a private equity fund.

    銀行事業体は

    (A) 自己勘定取引に関与してはならない。

    (B) ヘッジ・ファンド、プライベート・エクイティ・ファンドに対し、エクイティ、パートナーシップ、その他のオーナーシップ利益の取得・保持、あるいはスポンサー行為をしてはならない。

    これが、いわゆる「銀行に対してリスクの高い取引を禁止する規定」、つまり「ボルカー・ルール」の根幹をなす規定です。

    トランプが「ボルカー・ルールを緩和」?

    ところで、どんな国でもそうですが、法律に全ての細かいルールを書き込むことはできません。なぜなら、法律は国会議員が決めるものであり、国会議員は細かい金融規制のすべてを知っている訳ではないからです。

    そこで、法律には「考え方の概要」だけを示して、細かいルールは法律の考え方に従い、規制当局が決めていきます。日本の場合だと、金融庁が銀行自己資本比率規制の細目を定めていくのですが、米国でも同様に、FRB(連邦準備理事会)やFDIC(預金保険公社)、OCC(通貨庁)などが細かい規制を定めることになります。

    このボルカー・ルールに関しても同様に、オバマ政権時代の2013年12月10日に、米国の規制当局が連名で「連邦規則」を制定。この中で細かい規定が設けられています。

    ところで、矢継ぎ早に大統領令に署名していることで知られるドナルド・トランプ大統領は、今年2月3日、こんな大統領令に署名しています(図表5)。

    図表5 ドナルド・トランプ大統領の「金融規制7原則に関する大統領令」
    項目 原文抜粋 仮訳
    大統領令のタイトル Presidential Executive Order on Core Principles for Regulating the United States Financial System アメリカ合衆国の金融システムを規制するうえでの中核となる原則に関する大統領令
    第1条 (a) empower Americans to make independent financial decisions and informed choices in the marketplace, save for retirement, and build individual wealth;

    (b) prevent taxpayer-funded bailouts;

    (c) foster economic growth and vibrant financial markets through more rigorous regulatory impact analysis that addresses systemic risk and market failures, such as moral hazard and information asymmetry;

    (d) enable American companies to be competitive with foreign firms in domestic and foreign markets;

    (e) advance American interests in international financial regulatory negotiations and meetings;

    (f) make regulation efficient, effective, and appropriately tailored; and

    (g) restore public accountability within Federal financial regulatory agencies and rationalize the Federal financial regulatory framework.

    (a)米国市民に対し、市場においてきちんとした情報提供に基づく独立した意思決定により、退職金を貯蓄し、個人の富を築き上げることを可能にすること、

    (b)納税者のお金での金融機関救済を防ぐこと、

    (c)モラル・ハザードや情報の非対称性など、システム・リスクや市場の失敗に関する分析を巡る、規制の影響の分析をより厳格に行うことで、経済成長や金融市場の活発さを振興すること、

    (d)アメリカの企業が国内・外国の市場で、外国企業に対して競争力を発揮することを可能にすること、

    (e)国際的な金融規制の交渉や会合において、アメリカの利益を増進すること、

    (f)規制を効果的、効率的、適切に仕立てること、

    (g)連邦金融規制当局に対する公的な説明責任を回復し、連邦金融規制フレームワークの合理的説明を可能にすること

    第2条 Directive to the Secretary of the Treasury. The Secretary of the Treasury shall consult with the heads of the member agencies of the Financial Stability Oversight Council and shall report to the President within 120 days of the date of this order(後略) 財務長官への指示事項:財務長官は金融安定監視協議会の関連機関の長と協議し、この命令を発してから120日以内に、(法令への準拠性等について)大統領に報告せよ

    あまり日本の報道機関は報じていませんが、じつは、この命令文は非常に重要です。というのも、オバマ政権時代に実装したボルカー・ルールを、トランプ政権が撤回するのかどうかに関する原則が伺われるからです。

    もちろん、この「大統領令」自体は、何の効力も持ちません。単に、大統領としての行政方針に署名しただけのものだからです。さらに、大統領はボルカー・ルールそのものを「廃止」する権限はありません。なぜなら、ボルカー・ルールはあくまでもドッド・フランク法という「法律」に根源的な規定があるからです。アメリカ合衆国では、議会を通過した法律への署名を大統領が拒絶することはできますが、いったん成立した法律を大統領が廃止する権限などありません。

    このため、せいぜいできるとすれば、ボルカー・ルールを、ドッド・フランク法の趣旨に従って「骨抜き」にするくらいでしょうか?

    行き過ぎた金融規制を止めるか?

    ただ、私はトランプ政権が成立したことで、行き過ぎた金融規制にも「見直し」の流れが生じることは歓迎したいと思います。

    BCBSは加盟国の過半が欧州連合(EU)加盟国でもあり、現在のバーゼル規制には、EUの考え方が色濃く反映されてしまっています。ただ、本来、金融危機の再発を防ぐためには、まずはEU自身が足元の金融機関の健全性を回復することが筋であるべきです。

    また、日本の金融庁が公表する、わかり辛い銀行告示や監督指針などを見ていても、バーゼル規制は金融庁による「裁量行政」の復活ではないかとの懸念もあります。さらに、インチキ会計基準であるIFRSを推進しようとしている金融庁は、日本の「ガン」となりつつあるのではないでしょうか?

    安倍政権は、外交面では顕著な成果を上げているのかもしれませんが、内政面では、金融庁の「暴走」を止め切れていません。しかし、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ政権の誕生は、こうした不透明な金融規制にも歯止めをかける効果が期待できるものでもあります。

    トランプ政権が行おうとしている規制改革自体は、外国の話であり、直接、日本に関わる話ではありません。ただ、ボルカー・ルール自体、私の目から見ても、米国の金融機関の国際的な競争力を不当に削いでいるものであるように見えることも事実です。

    その意味で、私はトランプ大統領が発した「7つの原則」が、今後、どのように議論されていくのか、その推移を見守りたいと考えています。

    ※本文は以上です。

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