先日の『AIIBの現状整理』の続編として、本日は中国が主導する「AIIB」について、金融規制の専門家の立場として、「日本が加盟すべきかどうか」という論点を、「国際金融組織の基本的な機能」という観点と絡めて議論してみたいと思います。

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    根強いAIIB推進派

    先日、当ウェブサイトでは『AIIBの現状整理』と題したエントリーを掲載しました。これは、中国が主導して設立された「アジアインフラ投資銀行」(Asian Infrastructure Investment Bank, AIIB)が、他の国際開発銀行(MDB)とどう異なるかについて、金融規制当局などが公表する資料をベースに客観的な現状整理を試みたものです。

    ただ、インターネットを調べてみると、金融に関しては素人であろうと思しき論者が執筆したとみられる、「日本は今からでもAIIBに参加すべき!」といった安易で不勉強な論調が散見されることは、日本の論壇として、まことに残念です。

    そこで、本日はこの続きとして、先日の記事で書ききれなかった論点である、「なぜAIIBは日本に対し加盟を求めて来るのか」という論点について、「国際開発銀行に求められる最も基本的な役割」と絡めて、議論を試みたいと思います。

    かなり中国寄りの朝日の論調

    AIIBは昨年、中国主導で「鳴り物入り」で設立されました。しかし、日本は未だにこの新しい国際開発銀行に参加していません。

    日本国内の「AIIB推進派」の人々は、

    • 「なぜ日本はAIIBに参加しないのか?」
    • 「このままだと世界の潮流に取り残されてしまう!」

    などと主張しており、中には「日本がAIIBに不参加なのは、米国の顔色を窺っているからだ」といった、非常に見当はずれな論説も見られます。

    アジア投資銀に48カ国・地域 日米抜き、戦略欠き孤立(2015年3月31日22時36分付 朝日新聞デジタルより=リンク切れ)
    田原総一朗「日本のAIIB不参加の本当の理由は『米国の顔色』」(2016/1/29 07:00付 週刊朝日より)

    特に、「慰安婦問題を捏造」したことでも知られる朝日新聞の論調は酷く、これらの議論を読んでいても、肝心な視点がすっぽりと抜けています。それは、

    「AIIBも銀行組織である」

    という点です。

    麻生節全開!

    日本がAIIBに参加しなかった理由については、麻生太郎財務大臣が昨年4月7日の記者会見で、次のように述べています(要約の文責は引用者にあります)。

    • アジアの発展途上国では昔からインフラストラクチャーに対する資金需要が多く、これに対して世界銀行やADBなどの金融組織が多くの融資を実施してきた
    • 資金需要に融資をする場合は、相手の返済力が重要であり、国際金融組織の融資はきちんとした資金返済計画を考えて行われてきた
    • AIIBの場合、理事会によるきちんとした個別の審査ができるかどうか、融資案件につき人権問題や環境問題などの付帯問題をクリアする体制になっているか、という二つの疑問がある

    そのうえで麻生副総理は、

    「お金は貸したら返ってくるものだと単純に思っているのは日本人ぐらいではないですか。世界中、これまで海外から借りたお金を期日どおり、約定どおり、基本的に一銭も1日も違えずに返し続けた国というのは日本以外あるかな。日露戦争で借りた戦時公債、イギリスから500万ポンド等のお金、クーン・ローブ商会から500万ポンド、いろいろこれまで国債というのは借りてきたし、戦後も新幹線の世界銀行から借りたお金等、約定どおり1日も遅れなかったでしょう。それを返し切った国というのは、私の知っている範囲では日本以外ないのだけれどもね。」

    などと述べています(相変わらず小気味良い『麻生節』全開ですね)。

    胴元も信頼できなければ融資ノウハウもない

    それはともかくとして、この麻生副総理の発言は、本質を突いています。それは、「AIIBなどの国際開発銀行(MDB)も銀行である」、言い換えれば「貸したお金が確実に返ってくると言えること」が何よりも大事です。

    世界には国際開発銀行(MDB)がいくつか存在しますが、先日も触れたとおり、AIIBは中国が主導して設立された国際開発銀行(MBD)であり、中国の出資比率は約33%、議決権比率は約29%で、報道等によれば、中国が単独で「拒否権」を持っているそうです(ただし、AIIBの設立約款上、「拒否権」項目は見当たりませんが…)。

    AIIBは「胴元」が「胴元」だけに、ガバナンス面でも非常に心配な組織ですが、調べていくと、様々な特徴があり、興味深いところです。

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    どの「通貨」を使っているのか?

    人民元建融資という「野望」

    ところで、AIIBを巡っては、昨年、こんな報道がありました。

    AIIB融資、人民元の利用を中国が働き掛けへ=香港紙(2015年 04月 15日 12:03 JST付 ロイター日本語版より)

    報道を要約すると、次の通りです。

    • 中国はAIIBによる融資と決裁に使う通貨に人民元を加えるよう加盟国に働き掛ける方針
    • また、アジアのインフラ支援のために中国が設立したシルクロード基金とAIIBに対し、特別な基金を設け人民元建ての融資を行うよう促す

    報道が2015年4月時点である、というのが一つのポイントです。この頃の中国は、人民元の国際化を積極的に推進しており、これと併せて2015年11月には、中国の通貨「人民元」が国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)に組み入れられています。

    すなわち、中国共産党の意図としては、「せっかく中国主導で国際開発銀行を設立するのだから、人民元をAIIBの公式通貨とすることで、人民元を米ドルに代わる『基軸通貨』に育てよう」ということではないでしょうか?

    では、この動きはうまく行っているのでしょうか?

    AIIBの株式は米ドル建て!

    実は、AIIBが発行する株式自体が、人民元建てではなく、米ドル建てです。

    AIIBの設立約款第4条第1項によれば、

    AIIB設立約款第4条第1項(Article 4(1) of Articles of Agreement)

    The authorized capital stock of the Bank shall be one hundred billion United States dollars ($100,000,000,000), divided into one million (1,000,000) shares having a par value of 100,000 dollars ($100,000) each, which shall be available for subscription only by members in accordance with the provisions of Article 5.

    (仮訳)当銀行の授権資本は一千億米国ドル($100,000,000,000)とし、これを額面十万ドル($100,000)の株式百万株(1,000,000)に分割するものとし、約款第5条に従った加盟国の引受手続により発効するものとする。

    とあります。株式という「最も基本的な計算単位」が米ドル建てとなってしまっています。ここに、AIIBの限界が見て取れます。

    なお、約款第19条を読みに行くと、いちおう、人民元建ての融資ができるようになっているかの記載があります。

    AIIB設立約款第19条(Article 19 of Articles of Agreement)
    1. Members shall not impose any restrictions on currencies, including the receipt, holding, use or transfer by the Bank or by any recipient from the Bank, for payments in any country.
      (仮訳)加盟国は通貨に関し、当銀行あるいは当銀行からの受取人によるいかなる国において行われる支払に係る受取、保持、使用、送金を含め、いかなる制約をも課してはならない。
    2. Whenever it shall become necessary under this Agreement to value any currency in terms of another or determine whether any currency is convertible, such valuation or determination shall be made by the Bank.
      (仮訳)この約款上、ある通貨による価値をその他の通貨で換算する場合、あるいはある通貨の交換が可能かどうかを決定することが必要となった場合には、そのような換算ないし決定は当銀行が行う。

    つまり、英文として若干「怪しい」条項もあるこの約款を読みに行けば、第19条において、AIIBが将来、人民元を使う余地を残していることは明らかです。

    6件の融資実績は全てドル建て

    では、現在、AIIBが融資実行を承認した案件について、人民元建ての案件はいくつあるのでしょうか?AIIBのウェブサイトによると、「承認済み案件(Approved Projects)」は現時点で6件ですが、いずれも「ドル建て」です(図表)。

    図表 AIIBの現時点の案件(金額単位:百万ドル)

    プロジェクト 金額 トータル

    比率

    タジキスタン ウズベキスタン国境道路改善事業 27.5 105.9 25.97%
    インドネシア スラム改善プロジェクト 216.5 1743 12.42%
    パキスタン 国道4号線建設 100 273 36.63%
    バングラデシュ 送電系統整備 165 262.29 62.91%
    パキスタン タービン増強事業 300 823.5 36.43%
    ミャンマー ガス・コンバインドサイクル発電 20 不明 不明
    合計 829

    また、バングラデシュの「送電系統整備案件」を除けば、いずれも世界銀行やアジア開発銀行(ADB)などとの「共同案件」ばかりであり、AIIBが当初目論んでいた「単独・人民元建て」での融資は実現していません。

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    日本との比較

    ところで、「国際金融」の世界では、日本にもかなりの強みがあります。

    日本とMDBとのかかわり

    まず、アジア開発銀行(ADB)は、日本が主導して設立されたMDBであるとされますが、本部は日本ではなく、フィリピンの首都・マニラに置かれています。このことで、いわば「日本色」が薄まってしまっていますが、それでも国際金融の世界では日本の存在感は圧倒的です。

    日本はADB以外にも世界の主要な13のMDBに対しても、日本は相当の関与を行っています(詳しくは財務省ウェブサイトをご参照ください)。

    日本の民間金融機関による資金供給

    次に、日本の民間金融機関(都銀、地銀、第二地銀、信託、信用金庫、信用組合、労働金庫、JAバンク、JFバンク、ゆうちょ銀行など)は、いずれも巨額の資金を抱えています。とくに国債市場が軒並みマイナス利回りとなる中で、これらのMDBが発行する債券は非常に魅力的な投資対象でもあります。

    日本証券業協会(日証協)が発行する「公社債便覧」(2016年3月末基準)によれば、「円建外債」(※公募)の発行残高は8兆8140億円ですが、この金額は「公募外債」のみであり、実際には私募債まで含めると、さらに巨額となると考えられます。

    豊富な円借款プログラム

    次に、開発途上国に対し、日本政府が直接、資金協力を行うプログラムがあります。これが「円借款」(えんしゃっかん)です。

    JICAのウェブサイトによると、これまでに実施された円借款は、最も古い1966年の韓国に対する「鉄道設備改良事業」を含めて3347件あり、当初契約金額の類型は33兆6075億円に達しています。

    国際金融と技術開発はセット!

    もう一つ、重要な点があります。それは、国際金融の世界においては、多くの場合、「先進国がインフラ開発資金を発展途上国に貸与する」という性格のものが多く、道路、鉄道、地下鉄、橋梁、トンネル、港湾、空港、発電所などの「インフラ金融」には、それらの建設ノウハウがセットです。

    日本がこれらの多くのMDBに関わっていることで、世界中のインフラ案件に詳しくなり、必然的に、日本企業にも多大なノウハウが蓄積されていきます。つまり、国際金融と技術開発は「セット」なのです。

    ――↓本文は以下に続きます↓――

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    日本がAIIBに加入しないデメリットは?

    以上を踏まえて、日本がAIIBに加入しなかった場合の「デメリット」について、考えていきましょう。

    現状、日本には特段のデメリットなし

    日本は既に自国が主導するMDBとして、「アジア開発銀行(ADB)」を保持しています。また、ADB以外の国際的な主要MDBのうち、米州開発銀行をはじめとする13の金融機関に出資しており、一定の発言力を確保しています。

    かかる状況で日本がAIIBに加盟しなかった場合には、一体何が生じるでしょうか?

    一番懸念されるのは、「AIIB単独案件」が増えてきたときに、日本がこれに関わることができない、という点です。しかし、これについては現在のところ、懸念はなさそうです。というのも、前出の通り、AIIB自体の融資承認件数はまだ6件と少なく、かつ、AIIBの「単独案件」は、事実上、1件しかないからです。

    AIIB側は日本を必要としているが…

    逆に言えば、MDBがMDBとして機能するためには、インフラ建設に関する高度な採算性評価ノウハウなどが必要です。しかし、米国と日本という「国際金融の雄」が加入していないことで、AIIBにとっては、肝心の融資ノウハウが不足する、ということが懸念されます。

    AIIB側から日本に対し、何度も加盟要求が突きつけられる理由は、AIIBの資金繰りだけでなく、AIIB自身の信用格付の取得やインフラ融資ノウハウなど、融資事務の「イロハ」を手取り足取り教えてもらうためだと考えると、実に辻褄が合うのです。

    結局日本はどうするべきなのか?

    AIIBは、結局、中国にとっての「人民元の国際化推進」と「融資ノウハウの獲得」のために作られた組織です。しかし、日本にとっては(少なくとも現在のところ)、新たなMDBに出資する必要性は低いだけでなく、迂闊にAIIBに出資してしまうと、日本の融資ノウハウがAIIBに流出してしまいます。さらに、AIIB自体、ガバナンスが不透明であり、ディスクロージャーも不十分であるだけでなく、日本が主導して設立したADBと融資案件で競合関係に立つと考えられるため、日本国民に対する説明責任の観点からも、現状でAIIBに出資することは不適切です。

    もちろん、中国が日本と価値観を共有する「友好国」であれば、多少、日本から技術を移転することで、中国も発展し、お互いに豊かになる、という関係も構築し得るでしょう。しかし、現在の中国が「日本とともに発展しようとする友好国」であるのかと聞かれれば、私には、とうていそうは思えません。

    いずれにせよ、AIIBによる「単独融資案件」が増えてくれば、日本としても一定の発言力を確保するためにAIIBに参画するというメリットが生じるかもしれませんが、現時点で日本がAIIBに入るメリットは皆無であるだけでなく、むしろデメリットが存在している状況です。

    国際金融に疎い朝日新聞の記者らの社説に騙されてAIIBに出資しなかった安倍政権の判断は、今のところは正しいというのが現状ではないでしょうか?

    ――↓本文は以下に続きます↓――

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  • 2016/11/16: 片山さつき氏の日韓スワップ論に思う
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  • 2016/09/14: <保存版>ハード・カレンシーとは?
  • 2016/08/29: 日韓通貨スワップ協定巡る不信感
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  • 経済・金融に関する用語集

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