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以前より当ウェブサイトでは、中国の人民元が「ハード・カレンシー」と呼べるのかどうか、あるいは「SDR」とはどのようなものなのかについて、積極的に取り上げてきたところです。また、中国の通貨「人民元」は10月1日より、IMFの特別引出権(SDR)の構成通貨に入りました。これを受けて、やっぱりというか予想通りというか、NHKや朝日新聞は相次いで、「IMFのSDR入りにより、人民元が第三の主要通貨になった」「人民元が主要通貨入りした」など、通貨論的に極めて不正確な報道を行っていますが、果たして真相はどうなのでしょうか?

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2016/10/02 追記

この記事は10月2日付で公表する予定だったのですが、10月1日時点で公表されてしまっていました。日付を修正いたします。

2016/10/03 追記

タイトルについても「人民元『主要通貨』のウソ」から「人民元『主要通貨』報道のウソ」に変更しました。

人民元、SDR構成通貨に

【参考】ATMからニセ札が出てくるとのうわさもある人民元(写真と本文は関係ありません)

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人民元は国際通貨基金(IMF)の定義する特別引出権(SDR)の構成通貨に加わりました。これについては、以前からたびたび、解説記事を執筆して来ましたが、私の結論は「SDRの構成通貨に入ったとしても、劇的に人民元の地位が変わるわけではない」とするものです(詳しくは次の記事もご参照ください)。

<保存版>ハード・カレンシーとは?
人民元のハード・カレンシー化という誤解
用語集のページ

これについて、本論に入る前に、きちんと用語を定義しておきましょう。

ハード・カレンシーとは?

当ウェブサイトでは「ハード・カレンシー」を、次のように定義しました。

「その通貨の発行国・発行地域に留まらず、国際的な商取引・資本取引等において広く利用されている通貨であり、為替取引等においても法的・時間的制約が少ないもの」

すなわち、事実上の「国際通貨」として位置付けられるためには、「いつでも」・「どこでも」・「透明な市場価格で」交換することができることが必要です。しかし、人民元の場合は、次のような問題点を抱えており、ハード・カレンシーの要件を満たしていません。

  • 中国本土で取引される人民元(CNY)は中国人民銀行が厳格に為替相場をコントロールしており、価格に透明性がない
  • 香港などの「オフショア」で取引される人民元(CNH)の為替相場は、ある程度、市場メカニズムに委ねられているものの、オフショアと中国本土の送金には制約条件が多い
  • 中国本土の金融市場(株式市場、債券市場など)は外国に対して開放されておらず、人民元を調達しても運用手段が限られている

つまり、事実上、中国の通貨・人民元は「ソフト・カレンシー」なのです。このような状態でIMFがなぜ、人民元をSDRに組み込むことに決めたのかは不明ですが、邪推するに伝統的にIMF専務理事は欧州の「指定ポスト」であり、欧州と中国の仲が極めて良いということから、IMFが人民元を無理やり「自由利用可能通貨」に指定してSDRに加えることを決めた、というのが実情に近いでしょう。

通貨統計3種類

ただし、、人民元の利用高が増えていることは間違いありません。近年、中国が「経済大国」として急速に発展していることは事実です。もちろん、中国のGDP統計などをそのまま信じて良いのかどうかについては様々な疑問もありますが、10億人を超える人口を有し、中国人観光客が日本に来て「爆買い」をするなどしていることは事実です。このため、日常的な通貨取引量も、自然に考えると増えて当然と言えるでしょう。

ところで、世界の「通貨の実力」を図るうえで、だれでも入手可能な統計が、少なくとも3種類あります。IMFが公表する「外貨準備高の構成割合」、国際決済銀行(BIS)が公表する「外為市場の取引高」、SWIFTが公表する「RMBトラッカー」です。これらについて、概要を確認しておきましょう。

RMBトラッカー上は、確かに「上位」だが…

SWIFTは、民間銀行の国際送金メッセージ等を交換する基盤を運営しており、「国際的な取引における決済電文に占める人民元のシェア」を公表しています(図表1)。

図表1 RMBトラッカー
順位 通貨 比率
1位 米ドル 42.50%
2位 ユーロ 30.17%
3位 英ポンド 7.53%
4位 日本円 3.37%
5位 人民元 1.86%
6位 加ドル 1.72%
7位 豪ドル 1.67%
8位 スイス・フラン 1.44%
9位 香港ドル 1.25%
10位 スウェーデン・クローネ 1.11%

(【出所】SWIFT「RMBトラッカー」より、2016年8月末時点の数値)

この比率は「顧客を送金人とする決済額及び銀行間決済額(SWIFT上で交換されたメッセージ)」を集計したもので、いわば、国際的な商取引が中心であると考えられます(なお、集計対象はあくまでもSWIFTを使った電文に限定されています)。実は、人民元は2015年8月に、いちど日本円を抜いて「第4位」に浮上したのですが、その後はじりじりと比率の低下が続いています。

また、確かに人民元のシェアは2%近くに達しているものの、カナダ・ドル(加ドル)やオーストラリア・ドル(豪ドル)と比べて顕著に多い、という訳ではありません。

BISの3年ぶりの統計

ところで、人民元の取引高を、「決済電文」だけでなく、デリバティブ市場などにまで拡大してみると、どうなるのでしょうか?「中央銀行の中央銀行」との異名もある「国際決済銀行」(Bank for International Settlement, BIS)が先日公表した統計によると、外為市場の「通貨ペア」に占める比率は、他の統計と同様、米ドルが圧倒的な上位ですが、二番目にユーロ、三番目に日本円が位置付けられています(図表2)。

図表2 外為市場の取引高(OTCデリバティブ等を含む)
通貨 2001年 2004年 2007年 2010年 2013年 2016年
米ドル 89.9% 88.0% 85.6% 84.9% 87.0% 87.6%
ユーロ 37.9% 37.4% 37.0% 39.1% 33.4% 31.3%
日本円 23.5% 20.8% 17.2% 19.0% 23.0% 21.6%
英ポンド 13.0% 16.5% 14.9% 12.9% 11.8% 12.8%
豪ドル 4.3% 6.0% 6.6% 7.6% 8.6% 6.9%
スイス・フラン 6.0% 6.0% 6.8% 6.3% 5.2% 5.1%
加ドル 4.5% 4.2% 4.3% 5.3% 4.6% 4.8%
人民元 4.0%
その他 20.9% 21.1% 27.6% 24.9% 26.4% 25.9%
合計 200.0 200.0% 200.0% 200.0% 200.0% 200.0%

(【出所】国際決済銀行(BIS)が公表する“Triennial Central Bank Survey”のP7より、2016年4月時点の数値(ただし通貨ペアを統計としているため、合計すると200%になる))

日本円の比率が21.6%と異常に高い理由は、おそらく、デリバティブ市場がきわめて発達していることに加え、日銀による異例な金融緩和政策の影響で、預金取扱金融機関などの機関投資家が外貨建債券(米ドルなど)を購入し、それを為替スワップや通貨スワップなどでヘッジしているためだと考えられます(著者私見)。豪ドルの比率が7%近くに達しているのも、日本の金融機関が豪ドル建て債券などに積極的に投資している影響ではないでしょうか?

しかし、人民元の比率は、わずかに4%に過ぎません。これは、人民元の資本市場が未成熟である証拠でしょう。実際、人民元は本土からの持出規制が厳しく、いまだに「NDF」(ノンデリバラブル・フォワード)などが活発に取引されています。人民元を対象としたNDFは人民元建て取引ではなく、米ドル建て取引にカウントされることが多く(著者私見)、BIS統計上も人民元はまだまだ未成熟な通貨であることが示されています。

世界の外貨準備の構成比率は「四大通貨」に偏重

IMFが公表する「世界公式外貨準備統計」では、世界の中央銀行の外貨準備高構成が公表されています。2016年第Ⅱ四半期末時点で、全世界の外貨準備は約11兆円です。ただ、すべての国が通貨の内訳を明らかにしているわけではなく、通貨別の内訳が明らかになっているのはそのうち約7.5兆ドル部分です(図表3)。

図表3 IMFのCOFER
通貨/区分 金額 Aに対する比率
米ドル 4兆7598億ドル 63.39%
ユーロ 1兆5150億ドル 20.18%
英ポンド 3521億ドル 4.69%
日本円 3406億ドル 4.54%
加ドル 1490億ドル 1.98%
豪ドル 1430億ドル 1.90%
スイス・フラン 215億ドル 0.29%
その他の通貨 2281億ドル 3.04%
小計(A) 7兆5091億ドル 100.00%
内訳不明分 3兆4841億ドル
合計 10兆9931億ドル

【出所】「世界公式外貨準備構成」(World Currency Compositions of Official Foreign Exchange Reserves, COFER)の2016年第Ⅱ四半期末の数値

これによると、外貨準備の約6割超が米ドルで占められており、ユーロ(20%少々)、英ポンド・日本円(各5%弱)、と続きます。また、加ドルと豪ドルは2014年第Ⅳ四半期時点から内訳の開示が始まったのですが、スイス・フランの比率を大きく上回っているものの、ドル・ユーロ・ポンド・円の「四大通貨」にはまだまだ及ばないことがわかるでしょう。

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実質的には使えないSDR

以上で見たとおり、人民元は昔と比べると、貿易等の分野での取引高が増えていることは間違いありません。しかし、それと同時に、デリバティブ市場が未成熟であることや、自由交換などに様々な制約があることなどから、「ハード・カレンシー」と呼ぶには程遠いのが実情であることがわかります。しかし、IMFは人民元を、実に10.92%もの比率で、SDRに割り当ててしまったのです(図表4)。

図表4 SDRの構成比率
通貨 これまでの割合 10月以降
米ドル(USD) 41.9% 41.73%
ユーロ(EUR) 37.4% 30.93%
ポンド(GBP) 11.3% 8.09%
日本円(JPY) 9.4% 8.33%
人民元(RMB) 10.92%

(【出所】IMFウェブサイト)

これをどう考えるべきでしょうか?

SDRのポイント

そもそもSDRとは、いったい何者なのでしょうか?

IMFのウェブサイト(※日本語)によると、SDRとは「加盟国の準備資産を補完する手段としてIMFが1969年に創設した国際準備資産」です。ただ、「国際準備資産」といっても、事実上、自由に出し入れできるわけではありません。まずは、SDRの仕組みを概観してみましょう(図表5)。

図表5 SDRの仕組み

20161002-sdr-1

20161002-sdr-2

20161002-sdr-3

(【出所】IMFウェブサイトより)

このSDRの行使に当たっては、二つの方式があります(図表6)。

図表6 SDRの行使方法
方式 概要
都度指定する方式 ある国がSDRを行使しようとするときに、IMFが「強い外貨ポジション」を持つ国を指定し、その国から「自由利用可能通貨」を受け取る方式
事前の協定方式 事前に加盟国間で自主的に協定を締結し、その協定に基づいてSDRの売買を行う方式

(【出所】IMFウェブサイト)

しかし、この二つの方式については、事実上、「都度指定する方式」しか機能していません。なぜならば、「事前に協定を締結する方式」だと、SDRというまどろっこしい方法ではなく、「二カ国間通貨スワップ(BSA)」を締結する方が遥かに速いからです(なお、日韓通貨スワップ協定については「専門知識解説:「日韓通貨スワップ協定」」や用語集「日韓通貨スワップ協定」もご参照ください)。

人民元がやり取りされるわけではない!

もう一つのポイントがあるとすると、SDRは通貨そのものではありません。あくまでも「SDR1単位」に相当する「自由利用可能通貨」との交換です。そして、SDR提供国が、「要求された通貨」を、SDR利用国に引き渡さなければなりません(図表7)。

図表7 SDRの行使

本条セクション5に従いIMFから指定された国は、SDR利用国の要求に応じて「自由利用可能通貨」を、本条セクション2(a)に従って、SDR利用国に提供しなければならない。(A participant designated by the Fund under Section 5 of this Article shall provide on demand a freely usable currency to a participant using special drawing rights under Section 2(a) of this Article.)

(【出所】IMF「Articles of Agreement」第19条セクション4)

ここで、IMF約款上、「一つの自由利用可能通貨(a freely usable currency)となっているのがミソです。つまり、人民元がSDRに入ったからといっても、それはあくまでも「SDRと実際の通貨の為替レートを計算するため」のものであり、「現実に相手国に渡す通貨に人民元が含まれている、という意味ではない」のです。

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人民元、円を抜いて「3位の主要通貨」に!?

以上を踏まえたうえで、日本の報道各社の問題報道を取り上げておきます。

NHK「主要通貨」という言葉をでっちあげ?

まずは、極めて問題のあるこの報道から紹介しましょう。

IMF 人民元を第3の主要通貨に位置付け(2016年10月1日 6時35分付 NHKオンラインより)

※NHKの記事はリンク先が消えるのが異常に速いので注意が必要です。

NHKはリンク先記事の冒頭で

「IMF=国際通貨基金は、今月1日から中国の通貨・人民元を、ドル、ユーロに次ぐ、第3の主要な通貨に位置づけて加盟している国どうしの資金のやり取りなどに活用していくことになり、ラガルド専務理事は記者会見で「国際通貨制度の進化にとって歴史的な転換だ」と述べました。」

と述べていますが、これは人民元がSDRの構成通貨となることを意味しているのだとすると、のっけから間違っています。SDRとは、「資金のやり取り」に使われるものではありません。あくまでも、IMFへの出資比率等に応じて、IMF加盟国に配分される義務と権利です。各国は「SDR配分額」を負債として負うとともに、「SDR保有額」を資産として保有します。そして、通貨危機に陥った国があった場合に、その国からの要請(二国間協定=BSA)や、IMFからの「割当」などに基づいて、SDRに相当する「自由利用可能通貨」(Freely Usable Currency)」と交換する、という仕組みです。その「交換比率」を計算する時の割合が、10月から変更されるに過ぎません。

ほかにも、NHK報道にはツッコミだらけですが、さすがに全文を引用すると著作権に触れてしまうのが悩みどころです。ただ、NHKが人民元のことを「第3の主要通貨」と呼んでいますが、この報道を起草した方に申し上げたいことがあります。果たして本当にあなた方は、通貨の専門家に話を少しでも聞いたのでしょうか?事実上のソフト・カレンシーである人民元が、SDRの構成通貨となったからといって、すぐにハード・カレンシーに変わるわけではありません。さらにいえば、「3番目の主要通貨」という表現には強い悪意しか感じません。

慰安婦を捏造した朝日新聞の報道ぶり

次に、NHKと並んで問題な報道が、「慰安婦問題」を捏造したことで有名な朝日新聞による、このニュースです。

人民元、IMFの主要通貨に 専務理事「重要な一歩」(2016年10月1日12時32分付 朝日新聞より)

記事を執筆したのは、昨年も人民元を「主要通貨」と呼んだ、ワシントン駐在の「五十嵐大介記者」なる人物です。五十嵐記者は冒頭で

「中国の人民元が、1日から国際通貨基金(IMF)の「主要通貨」に加わった。これに先立ち、IMFのラガルド専務理事は9月30日、記者団に対し、「中国経済が世界の金融システムに融合するうえで重要な一歩だ」と話した。」

と述べていますが、この五十嵐記者なる人物が、経済・金融に関する初歩的な基礎知識すら全く保持していないことが、この一文でよくわかります。

「主要通貨」という呼び方はNHKの報道にもありましたが、IMFのSDRの構成通貨に入れば「主要通貨」となる、という話ではありません。あくまでも、通貨の使い勝手を決めるのは、人民元に対する「中国人民銀行」(実質的には中国共産党)による統制がどこまで緩和されるのか、という話であり、実際に人民元が「主要通貨」(?)と呼べるかどうかは、人民元がどの程度、決済やデリバティブ、資本取引、外貨準備等に用いられているかによって間接的に測定されるに過ぎません。

相変わらず朝日新聞やNHKの報道は、不正確です。素人がクリスティーヌ・ラガルドというフランスの元財相の政治的発言をそのまま報じるとどうなるのか、というのがよくわかるでしょう。

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マトメ

本日の主張を箇条書きにしてまとめておきましょう。

  • 人民元は確かに、国際送金電文のシェアで昨年8月に日本円を抜いたことがある
  • しかしその後は5位ないし6位に低迷している
  • 人民元はデリバティブ市場が未成熟であり、BIS統計上も人民元の比率は4%に過ぎない
  • 人民元が世界の外貨準備に占める比率も極めて少ない
  • SDRは事実上、極めて使い勝手が悪い
  • SDRの構成通貨となったからといって、人民元がやりとりされるわけではない
  • NHKや朝日新聞の報道は相変わらず間違いだらけだ
――↓本文は以下に続きます↓――

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  • 2016/11/13: 老獪な菅官房長官の「日韓スワップ」発言
  • 2016/11/11: 「韓国経済崩壊論」と韓国の不良資産疑惑
  • 2016/10/27: 専門家が見る、韓国が「日本との」通貨スワップを欲しがるわけ
  • 2016/10/13: 韓国から見た日韓スワップの必要性
  • 2016/10/12: SDRとは?
  • 2016/10/07: 「日韓通貨スワップ協定」深掘り解説
  • 2016/09/30: 日韓スワップ「500億ドル」の怪
  • 2016/09/17: 専門知識解説:「日韓通貨スワップ協定」
  • 2016/09/14: <保存版>ハード・カレンシーとは?
  • 2016/08/29: 日韓通貨スワップ協定巡る不信感
  • 2016/08/27: 日韓通貨スワップと安倍政権の説明責任
  • 経済・金融に関する用語集

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